(牛)

答え

私の大好きな善光寺さん こんな事もあったのか?と見て戴ければ幸いに存じます。
善光寺さんに関しての沢山のHPが有ります・・・参照して下さい。

平成十年三月どこかの記事の抜粋(私のメモより)

ただ今 三門 は平成の大修理を行っております。

行ったとき良く見てね!!

鳩字の額)

長野駅に降りると、駅前広場に“如是像”が立っています。・・・本来なら長野へいらっしゃったお客様の方を向かれていると思いませんか?・・・・・

これは、善光寺縁起に出てくるインドの月蓋(がっかい)長者の娘で、死にかけたところを、お釈迦様にたすけられた縁起に由来し、善光寺如来に感謝を捧げている為に、善光寺本堂を向いて立っているのです。

にょぜひめ

(如是姫像)

善光寺さんにいらっしゃったら、ちょっと足を停めてご覧になってください!!!

三門に掲げてある「善光寺」の額は、別名“鳩字(はとじ)の額”とも言われています。 この三文字の中に、鳩が5匹隠されています。又、“善”の字を良く見ると動物の顔に似ています。・・・なーんでしょう???善光寺さんに縁の深い動物です。

本堂東 階段の左側下にある向拝 地震の為にねじれてしまった。ここにも、匠の技が現れています。(角柱の下側は、丸柱だとか聞いています。)

善光寺は あくまでも信仰の原点として人の悩みを救う祈りの聖域として
尊ばれ存在すべきなのである。その為に善光寺は宗派の別を超越して存在している。善光寺住職である大勧進は天台宗であり、大本願は浄土宗であるのは、たまたまお守りする僧侶の属する宗派がそうであったので、善光寺そのものは昔から宗派を超越していたのだ。

そこに意味があるのだ!!  少なくとも、仏陀の教えに願をかけた者たちには、常に平等の扉の開かれている寺なのである。 そこに民衆の寺としての善光寺の本当の姿がある。

ご覧戴きまして、ありがとうございました。